酸化物超伝導トランスを利用した500Aクラス電流源を試作

九州工業大学、 住友電気工業

 九州工業大学の松下教授と小田部助手は住友電気工業(株)と共同で、 短尺の酸化物超伝導試料の交流通電損失測定などの電流源として使 うことを目的とした500Aクラスの小型超伝導トランスを試作するこ とに成功した。今後の通電損失測定で実際に運用していく予定とい うことである。

 同グループでは数年前から交流電流による酸化物超伝導体の損失の 測定を計画していたが、問題は電流値が大きくなるにつれて交流電 源が大型化し、特定の機関でしか測定できないということであった。 たとえばピーク値で300Aの電流を流すことのできる交流電源装置は 重量が1t以上にもなり、価格は1000万円を超える。そこで九州工業 大学では液体ヘリウム中で動作するNb-Tiを用いた超伝導トランス の製作体験をもとに、酸化物超伝導体を用いた電流トランスを製作 することにした。この場合、二次側の巻き数を極端に小さくして、降 圧する代わりに電流値を大幅に増幅するようにしている。実際に 使われている例としては鹿児島大学の住吉教授のグループの装置が 有名だ。

 超伝導トランスの一次側は銅線であり、直径がおよそ50mmのボビン に300回巻いてある。一方、その上に二次側巻線として Bi-2223銀シース多芯テープ線を用い、10本を並列に接続して1.5回 巻いている。なおボビン径は超伝導線が劣化しない歪みの範囲によ り決定された。また磁気的な結合を強めるために普通のトランスに 使われる鉄芯を用いている。支持材はほとんどが布入りベーク材で あり、接着にはスタイキャストを使っている。全体の大きさは90 mm × 110 mm × 150 mmほどであり、重量は3.4kgである(図 参照)。この場合使用した超伝導テープ線材は全てで約5mにすぎな い。

superconducting trasformer 

core of superconducting trasformer
酸化物超伝導体トランスの外観およびコア部分 単位は(mm)

 まず、トランスそのものの試験は二次側を銅板で短絡し、液体窒素 中で行われた。周波数は35から200Hzであり、一次側の電流はおよ そ6A(ピーク値)まで流したが、このとき二次側にはおよそ100倍の 電流が流れ、最大の電流値は35Hzのときに565A(ピーク値)に達した。 電流の検出にはロゴスキーコイルを用いている。この周波数領域で はFFTアナライザーでも目立った高調波は観測されなかったという。 これによりこの超伝導トランスを発振器および市販されている民生 用ステレオアンプと一緒に用いて簡便に500Aまで交流電流を流せる ことが可能になった。そこで同グループでは早速Y系溶融法酸化物 超伝導体の交流通電損失の測定に用い、試料には299A(ピーク値)ま で通電した。その結果、得られた損失がSQUIDによる磁化測定から 予測される値にほぼ一致することを見いだし、装置がきちんと動作 しているのを確認した。これまで10回程度の実験を繰り返している が、線材の劣化によるトランスの性能劣化は認められないというこ とだ。

 この研究成果は、この秋の低温工学・超電導学会(1998年10月、山口市)と 11th International Symposium on Superconductivity(ISS'98) (1998年11月、福岡市)で発表する予定である。

 超伝導トランスを利用した電流源は当然ではあるが電流を連続し て通電できる。そして通常の電流源と比較して次のような点で有利 である。(1)装置を大幅に小型化、低価格化できる。(2)電源を駆動 する特殊な配電を必要としない。(3)試料との接続が近いために銅 板による発熱の影響が小さく、したがって損失測定がより正確にで きる。(4)試料が常伝導状態に転移した際に一次側から見たインピー ダンスが著しく大きくなるので、自動的に二次側に電流が抑えられ るため、超伝導試料を焼損する恐れがない。

 松下教授は今回の試作の結果について次のようにコメントしている。 「今回は初めてなので、このようなものになったが、まだまだ改善 の余地がある。例えば、単純に並列に接続するテープ線の数を増や すなどして容易に電流容量を大きくできるし、もし巻き線などの工 夫でもっとコンパクトにできればもっと小さなアンプでも駆動でき るようになる。そしてもし冷凍機を用いてもっと低温で運転できれ ば一層の大電流化が可能になるだろう。」また小田部助手は「酸化 物超伝導線を使ってコイルを巻くのは初めてだったので、予定した 結果が出たときには安心した。今後もアイデアのある酸化物超伝導 体の応用を考えていきたい。」と語った。

 このレポートは 超電導コミュニケーションズ Vol.7, No. 5, 1998年10月 通 巻35に掲載された記事を元に作りました。


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