論 文 要 旨 論文題目:超伝導体の交流磁化特性に与える     量子化磁束の可逆運動の影響に関する研究 小田部荘司 超伝導体においてほぼ無損失で流す事のできる電流密度の最大値で ある臨界電流密度を測定する事は、工学的に重要である。臨界電流 密度の測定法のうち、交流磁界を用いるCampbell法、交流帯磁率法 などは、非接触、非破壊で臨界電流密度を評価する事ができ、工学 的に有用である。しかし、この種類の測定法では臨界電流密度と交 流磁化特性の関係を知る必要があり、超伝導体内の電磁現象の正し い理解が不可欠である。これを取り扱うモデルに、量子化磁束に働 くLorentz力とピンニング力が釣り合うものとし、量子化磁束の運 動を不可逆と仮定して電磁現象を記述する臨界状態モデルがあり、 これまで広く使われてきた。しかし、ピンニング・ポテンシャル内 の量子化磁束の運動はほとんど可逆であるため、不可逆な臨界状態 モデルは量子化磁束の変位量がピンニング・ポテンシャルの幅より 大きくなった場合にしか使えない。このため量子化磁束の可逆運動 が顕著な際に臨界状態モデルを用いると臨界電流密度の過大評価と いった誤った結果を導いてしまう。こうした量子化磁束の可逆運動 は超伝導体のサイズが小さい時または交流磁界の振幅が小さい時に 顕著となる。最近の超伝導工学の進歩により、金属系の超伝導線材 中の超伝導フィラメントの直径は1~$\mu$mまたはそれ以下になって きている。また、酸化物超伝導体の線材中においては、均一なしゃ へい電流が流れる有効サイズは小さい。しかしながら、交流特性に 及ぼす量子化磁束の可逆運動の効果についての研究はまだ極めて不 十分な状況にあった。 本研究においては、量子化磁束の可逆運動が交流磁化特性に与える 影響についてのこれまでの研究の問題点をふまえて、次のことを目 的とした。 ○ 量子化磁束の可逆運動が顕著な際に交流磁化特性を利用した 測定方法、つまりCampbell法、基本波交流帯磁率法、第三高調波 交流帯磁率法がどのような影響を受けるかを、可逆運動の効果を 考慮したCampbellモデルをもとにした数値計算により理論的に明 らかにする。 ○ この結果から、量子化磁束の可逆運動が顕著な場合に対して も、これらの測定から臨界電流密度などのピンニング・パラメー タの評価を行える方法を提案する。 ○ 具体的な金属系、酸化物高温超伝導体系の試料に対してこれ らの測定を行い、理論と実験を比較検討し、提案した方法の有用 性を確認する。 これらの目的の下に行なった本研究の結果をまとめた本論文は6章 より構成され、以下のような内容になっている。 第2章では量子化磁束の可逆運動がCampbell法による臨界電流密度 の評価にどのような影響を与えるかを理論的に調べた。これまでの Campbell法では臨界状態モデルを仮定して臨界電流密度を求めてい たために、臨界電流密度の過大評価を招く結果となった。したがっ て、ここでは正確な臨界電流密度を評価する方法として直流磁化測 定の結果を用いて補正する方法を提案した。また、具体的に熔融法 Y-Ba-Cu-O超伝導体においてCampbell法と直流磁化測定を行うこと で実際に臨界電流密度の評価を行った。その結果、クラックのため に輸送臨界電流密度は低いものの、局所的には高い臨界電流密度の 電流が流れている領域がある事を示した。またCampbell法と直流磁 化測定の結果から非破壊でクラックの平均間隔を評価する方法を示 した。 第3章では基本波交流帯磁率について量子化磁束の可逆運動が与え る影響を具体的な試料を用いて調べ、試料の特性評価を試みた。試 料としては超伝導体の有効サイズを変えた3つのY-Ba-Cu-O酸化物高 温超伝導体試料を準備した。それぞれの試料について基本波交流帯 磁率の虚部$\chi_1''$の温度依存性を測定した結果を、Campbellモ デルにより量子化磁束の可逆運動を考慮した理論予測と比較するこ とで、超伝導体の有効サイズやピンニング・パラメータについ ての検討を行った。その結果、それぞれのパラメータは妥当であり、 3つの試料の$\chi_1''$の温度依存性を統一的に説明することがで きた。したがってCampbellモデルを用いた理論計算により基本波交 流帯磁率に与える量子化磁束の可逆運動の影響を説明できることが 分かった。 第4章では、第三高調波交流帯磁率を用いた臨界電流密度の評価法 について、Campbellモデルを適用した理論結果を示した。そして量 子化磁束の可逆運動が顕著な際でも、第三高調波交流帯磁率のピー クから臨界電流密度を正しく評価する方法を提案した。これらの理 論予測は超伝導平板と超伝導円柱にそれぞれ平行に磁界を印加した 場合について行った。 第5章では様々な試料を用いて実験を行った結果に対して第4章で得 られた理論予測との比較検討を行なった。 まずNb-Tiのバルク試料において実験を行ったが、これは超伝導体 の有効サイズが十分に大きいときに不可逆な臨界状態モデルで現象 が記述でき、臨界温度付近の温度においてのみ量子化磁束の可逆運 動がみられるという点で標準的な試料という意味を持つ。次に有効 サイズが小さく量子化磁束の可逆運動が顕著な典型的な例として金 属系のNb-Tiの多芯線の基本波、第三高調波交流帯磁率を測定し臨 界電流密度を評価した。次に酸化物超伝導体として、熔融法で作製 されたY-Ba-Cu-O酸化物超伝導体において測定を行った。またアル カリ金属をドープしたフラーレン系の超伝導体である Rb$_3$C$_{60}$についても測定した。この試料は発見後まもないこ ともあって、十分に大きな有効サイズを持つバルク試料がまだ作製 されていない。このような場合でも評価の可能性を確かめるために 測定を行った。最後にY-Ba-Cu-Oの粉体の試料を準備しこれについ て測定を行った。この試料においてはRb$_3$C$_{60}$とは異なり、 粒間の電気的な接合がないように絶縁物を混ぜて測定を行った。 その結果、全ての試料において交流帯磁率に関する実験結果は、異 なる臨界電流密度が共存すると予想される場合を除き、第4章の理 論によりかなりよく説明することができ、臨界電流密 度の値は直流磁化測定や基本波交流帯磁率より評価した値とおおよ そ一致する結果を得た。したがって量子化磁束の可逆運動を考慮し た解析により、第三高調波交流帯磁率から精度よく臨界電流密度を 評価することができることを示した。 第6章においては超伝導体の交流磁化特性に与える量子化磁束の可 逆運動の影響及び臨界電流密度測定について総括を行い、そして本 研究によって得られた知見についてまとめている。また今後の課題 について述べている。