VII. 磁束線の可逆運動

(1) 交流損失に及ぼす影響

 磁束線の可逆運動に関する先駆的な研究はポテンシャルに由来するピンニング電磁現象の一つの側面としてCampbellによって開始され、その後、Takacsとともに細い交流用線材での交流損失がBeanモデルによる予想よりも大幅に小さくなることを理論的に明らかにした。

 これに関連して、我々でも測定した交流損失が超伝導線のフィラメント径の減少とともに交流損失が小さくなることや、見かけの侵入磁界がフィラメント径の減少とともに、最初減少した後で逆に増加するなどを観測し、これらの現象が磁束線の可逆運動に起因することを明らかにした(図27参照)[56]。また、交流損失が可逆運動によって小さくなるための条件として、フィラメント径がCampbellの交流磁界の侵入深さよりも小さいという経験的な条件が実際に理論的に導かれることを示した[57]。


図27. 超伝導フィラメント径の変化に基づく侵入磁界Hpと見かけの侵入磁界Ĥpの変化。破線および実線はそれぞれ臨界状態モデルと磁束線の可逆運動モデルの予想。

 一方で、こうした磁束線の可逆運動は超伝導線のフィラメント径に関係なく表面付近で必ず起こるのに、交流損失が通常の臨界状態モデルでほぼ記述されることは不思議であるが、このようになる理由を明らかにした[58]。しかしながら、交流損失は臨界状態モデルによる記述と変わらなくても、超伝導体を出入りするエネルギーは非常に大きくなり、力率が小さくなることを明らかにし、実験との比較から現実には磁束線の可逆運動が起こっていることを示した[58]。

(2) 各種交流計測における臨界電流密度の過大評価

 交流磁界に対する遮蔽効果の電磁気的対応から超伝導体内の電流密度を測定する方法の一つとしてCampbell法が広く用いられているが、超伝導体のサイズがCampbellの交流磁界の侵入の深さと同程度かそれよりも小さくて磁束線の可逆運動が顕著な場合には、現象が臨界状態モデルによる予測と大きく異なる[59]。その典型的な例がYBCO焼結体の粒内臨界電流密度の過大評価である。この原因が通常の臨界状態モデルが成立しないのに、誤ってその解析法を用いたためであることを明らかにした。定性的に同様な振る舞いとなるために感知しにくいため、要注意である。同様な結果は交流磁化率法でもあり[60]、また、少し可逆運動の影響の度合いの影響の違いはあるが、薄膜などに応用する第三高調波電圧誘導法でも問題となることを明らかにした[61]。

(3) ピンニング機構等解明への応用

 この実験は単に臨界電流密度だけでなく、磁束線に関する情報も多く与えてくれるので、それがピンニング機構の解明に大きく貢献している。ここでは、他の項と重複するが、それらを示してみよう。

a. 飽和現象の解明

 ピン力密度の飽和現象が得られる場合にピンニングを強くすると、それにしたがって磁束格子は硬化する一方で脆化し、単純な剪断変形ではないことが明らかとなった[52,53]。これにより磁束の雪崩フロー・モデルが考案された(磁束ピンニング機構の項参照)。

b. Bi-2212の磁束クロスオーバーの1次転移の証明

 Bi-2212超伝導体の低温度領域におけるピーク効果は次元クロスオーバーに誘起された磁束線の秩序-無秩序転移であり、多くの研究により一次の相転移であることが明らかにされている。この方法では図28のように異なる臨界電流密度をもつ二つの状態が安定であることを示し、一次の相転移である実験的証拠を示した[36](磁束線系の相転移の項参照)。加えて、Campbell法による解析で、この相転移においてはLabuschパラメーターは変化しない一方で、相互作用距離のみが変化し、転移においてピンニングの強さは変わらないものの、磁束格子の塑性変形の臨界点が大きく増加していることからその弾性的振る舞いが変わったことを明らかにした。この結果は次元クロスオーバーが原因となって相転移を引き起こしているという仮説を支持するものである。


図28. Bi-2212単結晶試料のピーク効果の際の相互作用距離の不連続変化。破線は通常の振る舞いdiaf(磁束格子間隔)を示す。

c. ピンニング相関距離の測定

 縦方向および横方向の磁気的なピンニング相関距離はほぼCampbellの交流磁界の侵入深さと等しいが、広い温度、磁界の領域で実測した結果が理論的予想と一致することを示し、その考えが正しいことを明らかにした。図29はピーク効果を示すY-123単結晶についての結果である[62]。 一方、異方性が大きく2次元的なBi-2212超伝導体について磁束の長さ方向の相関を調べたところ、低温のある磁界以上の、いわゆる2次元状態においても、パンケーキ磁束として予想されていたのとはまったく関係なく、電磁気学的には3次元超伝導体と同様に数μmのレベルで長く結合していることが明らかとなり、不可逆磁界の厚さ依存性から予想される結果と一致した(図30参照)[63]。


図29. Y-123単結晶におけるc軸方向のピンニング相関距離。(a)は実測結果で、(b)は測定した臨界電流密度を用いた理論結果。ピンニング相関距離のくぼみは臨界電流密度のピーク効果によるもの。

 
図30. Bi-2212単結晶におけるc軸方向のピンニング相関距離。(a)は実測結果で、(b)は測定した臨界電流密度を用いた理論結果。

d. 表面不可逆性

 表面不可逆性の原因としては、主として表面バリヤーと表面ピンニングが候補としてあげられているが、ここではその原因を確かめるため、圧延の程度を変える一方で、同じ最終形状となる5種類のNb-Ta試料を製作し、この表面不可逆性をCampbell法を用いて測定した。その結果、熱力学的臨界磁界は試料によって変化せず、また、表面状態も同様であることから、表面バリヤーが原因であれば表面不可逆性は変化しないはずであるのに、測定した表面電流密度は、転位ピンの導入の程度により2桁にわたって変化していることが示された[64]。したがって、原因は表面ピンニングによるものであると結論され、転位が表面から導入されるため、結果として表面により多くのピンが導入されたものであると予想される(各種電磁現象の項参照)。


図31. 圧延による転位導入によって変化するNb-Ta試料のバルクJcおよび表面臨界電流密度Jcs