VI. 磁束ピンニング機構

(1) 凝縮エネルギー相互作用における近接効果の影響

 コヒーレンス長よりも小さい金属的な常伝導析出物が超伝導体中にあるとき、近接効果によって超伝導電子対が常伝導析出物に入り、弱い超伝導状態となることが知られている。こういう析出物の凝縮エネルギー相互作用によるピン力は同じサイズの絶縁物よりも弱くなるという考えがKramerらによって示されたが、その考えがGinzburg-Landau理論から間違っていることを明らかにし、むしろ場合によって、強くなることを示した[45,46]。これは、この理論によれば、常伝導析出物が周囲からの影響により超伝導になっている状態はエネルギーが高い状態であり、磁束の常伝導核の存在によって超伝導性が破壊されたほうがエネルギー的に都合がよいからである。この結果は、Nb-Ti中の薄いα-Tiが強いピン力をもたらしているという事実を支持している。

(2) 運動エネルギー相互作用

 NbをNb-Ti中に人工ピンとして導入することによって臨界電流密度を大幅に増加させることができたが、4.2 KではピンとなっているNbは超伝導体であるため、そのピンニング機構が注目された。通常に言われるように磁界誘起型ピンニング機構が作用しているのであれば、低磁界でピーク効果が観測されるはずであるが、それはなく、臨界電流密度は磁界の増加とともに単調に減少するだけである。一方、この場合、上部臨界磁界が減少することから、近接効果が起こっていることが示される。このため、ピンとなっている薄いリボン状のNbはその上部臨界磁界を超えても弱い超伝導状態となっていることが想像される。この場合、Nbの中に磁束の常伝導核が侵入すると、その部位のコヒーレンス長が長いことから、運動エネルギーが増加することになる。このため、運動エネルギー相互作用によってNbは反発的なピンとして働いていることが示され、合わせて上部臨界磁界の減少が説明された[46,47](超伝導基礎の項参照)。

 RE-123バルク超伝導体は中間磁界領域で臨界電流密度が緩やかなピークをもつが、この要因となるピンが酸素欠損ならびに低Tc置換相であることが知られている。これに211相粒子を添加すると、低磁界および高磁界での臨界電流密度は増加するものの、中磁界の臨界電流密度は低下し、ピーク効果が消滅する[48,49](図21参照)。酸素欠損や低Tc置換相のピンニング機構として磁界誘起型ピンニングが提案されているが、そうであれば、これらと211相粒子のピンニングはいずれも凝縮エネルギー相互作用であることから、中磁界での臨界電流密度の低下は説明できない。むしろ、これらのピンニング機構は運動エネルギー相互作用であると考えられる。これは、その部位はBc2が小さいことからコヒーレンス長が短く、かつ、サイズがnmスケールで近接効果が容易に起こると考えられるからである。したがって、これらの、正のピンニング・エネルギーをもち、反発的なピンと211相粒子の負のピンニング・エネルギーをもち引力的なピンとの間で干渉が生じ、これによってピーク効果が消滅したものと考えられる[37,49]。


図21. Nd-123超伝導バルクにNd-422相を添加したときの77.3 Kでの臨界電流密度の変化(Mochida et al.[48])。

(3) 円柱状欠陥によるピンニング

 重イオン照射によって生じた円柱状欠陥に磁界を平行にかけた場合の臨界電流密度を理論的に求めた。まず、コヒーレント・ポテンシャル近似理論を用いて磁束クリープがない場合の仮想的な値を計算し、かつ、実験条件に合わせて有限温度での磁束運動による減衰を磁束クリープ・モデルにより評価した。図22は円柱状欠陥の場合に理論予想通りに臨界電流密度をサイズで整理すると、異方性パラメーターに対する依存性が一つの曲線で記述できることを示したものである[50]。その結果、Bi-2212単結晶およびRE-123コート線材についての実験結果と一致した。この結果より、欠陥の半径はコヒーレンス長よりも大きいほうが望ましく、また、欠陥密度も臨界電流密度の劣化が問題とならない範囲で高いほうがよいことが導かれた(加算理論の項参照)。


図22. いろいろな異方性パラメーターをもつ超伝導体について理論で予想される欠陥サイズの関数形で規格化した臨界電流密度。r0を円柱状欠陥の半径、ξをコヒーレンス長として、r0>ξの場合はR 3= r0(r0+ξ)2r0<ξの場合はR 3=ξ(r0+ξ)2

 また、導入した円柱状欠陥による臨界電流密度をこれらの理論を用いて解析し、目的とする超伝導材料の凝縮エネルギー密度を評価する手法を開発した(磁束クリープ・フロー・モデルおよび各種電磁現象の項参照)。

(4) RE-123系におけるピンニング特性

 RE-123系における中磁界での211相粒子による凝縮エネルギー相互作用と低Tc領域となる酸素欠損領域と置換相による運動エネルギー相互作用の干渉については(2)で述べたが、これらの低Tc領域のピンニングによってピーク効果が生じることが一般に知られている。このピーク効果に関するSm-123粉体の超伝導試料サイズ依存性を(5)で述べるが、この結果もピンニング機構が磁界誘起型ピンニングではないことを示すとともに、磁束線の秩序-無秩序転移によるものであることを支持している(磁束線系の相転移の項参照)。

 さらに、一般的に臨界電流密度のピーク値が高いほど、不可逆磁界が低いということが観測されているが、この結果は通常のピンニングの考えでは説明がつかない。このピーク効果のピンニング機構そのものは近接効果がある場合の運動エネルギー相互作用であると考えられることから、近接効果によってBc2が減少するために不可逆磁界が減少したものと予想され、実際に観測によってBc2と不可逆磁界との関連が示された[51]。

(5) サイズ効果

 平均粒径が異なるSm-123粉体の磁化のヒステリシスを測定して臨界電流密度を調べ、図23に示すようにサイズがピンニング相関距離以下の2次元ピンニング機構ではピーク効果が消滅することを明らかにした[31]。ピーク効果は、元来、磁束線の秩序-無秩序転移によってピンニング効率が高まった状態であると解釈されるが、ピーク効果の消滅は2次元ピンニング状態ではすでにピンニング効率がランダムな3次元ピンニング状態よりも高いため、さらなる向上がなくなったものであると考えられる。この結果はピーク効果が秩序-無秩序転移によるものであることを支持するとともに、ピーク効果が磁界誘起型ピンニング機構によるものであれば、試料サイズとは無関係に起こるはずであることから、この仮定を否定したものである(磁束線系の相転移の項参照)。


図23. Sm-123超伝導粉体の臨界電流密度。

 異方性が大きいBi-2212超伝導体のc軸方向の厚さが異なる単結晶のc軸方向に磁界を加えた場合の臨界電流密度を調べたところ、図24のように、厚さが0.5 μmと1.0μmの間のある値を境以下でピーク効果が現れなくなっている[30]。このピーク効果は、Sm-123粉体の場合と同様に磁束線の秩序-無秩序転移によるものと解釈されているが、その原因が磁束線の次元クロスオーバーにあることが異なる。さらにピーク効果が生じなくなる臨界サイズは異方性が小さいSm-123の場合とは異なってピンニング相関距離ではなく、それよりもずっと短い面間の結合長であると考えられている。


図24. 厚さが異なるBi-2212単結晶試料のc軸(厚さ)方向の磁界下での臨界電流密度。

 RE-123コート線材や薄膜においても超伝導層の厚さを変えると、いろいろなピンニング特性が大きく変わる。ただ、低磁界における臨界電流密度が厚くなるにしたがって低下していくのは、2次元ピンニング機構によるものではなく、超伝導層の組織の劣化に伴うものであることが明らかにされている。このような磁界範囲ではピンニング相関距離は厚みよりも短く、3次元ピンニングとなっているからである。図25はYBCOコート線材の不可逆磁界の厚さ依存性が電界の強さによって変わることを示したものであるが、磁束クリープ・フロー・モデルにより大まかに説明できる[32]。このように複雑に厚さによって変化するのはg2の変化によるものである(磁束線系の相転移の項参照)。


図25. (a)10-4 V/mおよび(b)10-8 V/mのレベルの電界におけるYBCOコート線材の不可逆磁界。

(6) 飽和現象と非飽和現象

 金属系実用超伝導線材のピン力の高磁界特性は、Nb3Snのようにピンの数などに依存せず、(1-b)2のような規格化磁界依存性を示すものと、Nb-Tiのようにピンの数などに依存し、(1-b)のような規格化磁界依存性を示すものとに大別される。ここで、b=B/Bc2は規格化磁界である。前者のピンニング特性を飽和現象、後者のそれを非飽和現象という。この飽和現象の説明として、磁束格子の剪断フローを仮定したKramerモデルなどが提案されていたが、それらが単にピンニングの強さやピンの数密度で決定されることを実験結果から明らかにした[52-54]。

 とくに雪崩フロー・モデルを提案し、Campbell法による実験結果を説明するとともにピンニングを強くすることで、飽和特性から非飽和特性へと改善できることを明らかにした[55]。このモデルでは、中途半端にピンニングが強い場合、ピンの周辺でできている磁束格子欠陥付近で塑性変形が生じると、それが不安定的に広がって十分な臨界状態に達する前に雪崩的に磁束フローが発生し、飽和特性になると説明される。もしピンニングが十分強くなると、不安定現象が空間的に広がるのが抑えられ、臨界状態に達して非飽和特性となる。図26は雪崩フロー・モデルで予想される飽和現象の際のピン力と磁束の変位の関係で、Campbell法による実験結果と一致する。


図26. 飽和現象の際のピン力と磁束の変位の関係に対する雪崩フロー・モデルの予想。ピンニングが強くなると矢印のように変化する。

(7) ピンニング相関距離

磁束の長さ方向のピンニング相関距離Lを実測し、測定した臨界電流密度から求めた理論式の結果と一致することを示した(磁束線の可逆運動の項参照)。これにより、2次元性が強いBi-2212超伝導体でも、c軸方向の磁界の場合、磁束線が長さ方向に長距離にわたって磁気的に結合しており、パンケーキ磁束で考えられているようにブロック層で切れ切れになった状態ではないことを示した。この点はBi-2212超伝導体の不可逆磁界の厚さ依存性からも指示される(磁束線系の相転移の項参照)。