V. 磁束クリープ・フロー・モデル

 超伝導体のサイズとピンニング相関距離の大小関係で決まるピンニングの次元性に基づいてピン・ポテンシャル・エネルギーを求め、これを磁束クリープに用いるとともに、さらに磁束フローにまで拡張した磁束クリープ・フロー・モデルを提出した[38,39]。この際、横方向サイズは磁束クリープ下の臨界電流密度が最大になるという仮説を用いて決定している(エネルギー散逸極小の原理の応用の項参照)。

 とくに、超伝導薄膜や粉体など、そのサイズとピンニング相関距離との大小によってきまるピンニングの次元に基づき、2次元状態と3次元状態に区分してピン・ポテンシャルを求め、磁束クリープとフローの機構によりE-J曲線、臨界電流密度、n値、見かけのピン・ポテンシャル、不可逆磁界などを導いている(磁束線系の相転移の項参照)。

(1) E -J曲線

 ピン力の分布を仮定して磁束クリープとフローの機構によりE -J曲線を導いているが、これで求まった結果は現象論的なYamafuji-Kissのパーコレーションモデルによる結果をほぼ説明でき、様々な結果が説明できるこのモデルの正当性を示している。なお、得られたE -J曲線について、実験と同様なスケーリングが得られ、転移温度、二つの臨界指数など実験結果との大体の一致が得られた[38,39]。とくにグラス-液体転移曲線近傍において静的臨界指数とピンニング・パラメーターとの関連を明らかにし、転移がピンニング相関距離の発散と対応していることを証明した[40]。

 また、電界領域が異なるとE -J曲線のスケーリングが異なることがNakamuraによって明らかにされたが[41]、こうした事実も説明できる。なお、磁束の状態に関して電界領域によらず一般的な挙動を議論することがよく行われているが、こうした議論には強く疑念を抱かざるをえない。図17はBi-2223線材の不可逆磁界およびグラス-液体転移磁界の電界依存性を示す[33]。


図17. 70 KでのBi-2223線材の不可逆磁界およびグラス-液体転移磁界。電界レベルにより大きく異なる。

(2) ピンニング特性評価

 実際の超伝導材料の磁束ピンニング特性は単に特定の温度、磁界、電界における一部のデータだけでは正しく評価できないことから、広い温度、磁界領域にわたるE-J曲線全体を理論とフィットさせ、実験結果を説明するピンニング・パラメーターに基づいて線材の特性評価が行われる。用いるパラメーターはピンの強さの平均値と分布幅、温度依存性および磁界依存性を与えるパラメーターおよびg2の5つである。g2は理論的に求まるものであるが、簡単にフィッティングパラメーターとして用いられることがある。これは、理論ではピンの強さの分布を考慮しているので、微妙に違うことによる。図18(b)はYBCOコート線材にけるg2の磁界依存性で、理論予想と図18(a)の臨界電流密度の磁界依存性を説明するようにフィッティング・パラメーターとして求めたものの比較を示す[32]。また、図19はBi-2212単結晶試料の低温領域における不可逆磁界を説明するようにフィッティング・パラメーターとして求めたg2の厚さ依存性である[30]。

 とくに、バルク超伝導体におけるバンドルの中の磁束線の数を表すパラメーターg2の異方性について、gab2/gc2 =γa1/3という関係を導き、不可逆磁界の異方性パラメーター依存性の実験結果を説明している[42]。なお、gab2およびgc2はそれぞれ磁界がab面内、c軸方向のときのg2の値であり、γaは異方性パラメーターである。さらに、一連のBi-2212単結晶で不可逆磁界の超伝導体の厚みに対する依存性が逆になることもこのg2の振る舞いによって説明されている(磁束線系の相転移の項参照)。


図18. YBCOコート線材の(a)臨界電流特性と(b) g2の変化(いずれも曲線は理論予想)。


図19. Bi-2212単結晶の超伝導層厚と温度に対する g2の変化(直線は理論予想)。

 こうした既存の線材の特性評価だけではなく、人工的に導入した欠陥によるピンニング特性もまた、磁束クリープ・フロー・モデルを使って予想することが出来る。加算理論から求まるのはクリープの影響がない仮想的なピンニング力だからである。

(3) 凝縮エネルギーの評価

 通常の超伝導材料の凝縮エネルギーを直接的に求めることはできず、上部臨界磁界Bc2と下部臨界磁界Bc1とから求めるのが一つの方法である。しかし、ピンニングの影響によりBc1を正確に求めるのは困難である。そこで、形状や数密度が分かる重イオン照射による円柱状欠陥のピン力から加算理論および磁束クリープ・フロー・モデルを用いて凝縮エネルギーを求める方法を開発した[43]。図20は各種超伝導体の凝縮エネルギー密度の規格化温度依存性を示す[44]。(磁束ピンニング機構の項参照)。これにより、Bi-2212超伝導体では熱力学的臨界磁界が低温で温度の増加とともに直線的に減少し、臨界温度よりも低い温度で見かけ上0となるような結果を示し、超伝導特性の特異さを明らかにした(各種電磁現象の項参照)。


図20. 各種超伝導体の凝縮エネルギー密度。