II. ピンニングの加算理論

(1) エルゴード性の証明

 ランダムに分布するピン・ポテンシャル場を磁束系が運動する場合の運動方程式を解き、時間平均して電流-電圧特性を求めた。その結果、静的極限においてはピン力が空間的にランダムに分布する場合の統計平均と一致することが明らかとなった[15]。

(2) ヒステリシス損失の起源

 (1)の結果、0でない臨界電流が得られるためには要素的ピン力がある閾値以上でなければならないが、この条件がピンニング損失がヒステリシス損失となる条件と同じであることを示した。これに関しては、別に磁束運動がピン・ポテンシャル内に限られる場合にヒステリシス損失がほとんどなくなることを示し(磁束の可逆運動の項参照)、逆に、一般の場合には磁束線の不安定運動が起こって0でない臨界電流とヒステリシス損失をもたらすことを明らかにし、上記の理論結果を正当化した。

 さらに、動的状態のピン力は最初、YamafujiとIrieによりピンニング損失から定義されていたが、この定義とピン力の時間平均とが一致することも証明している[16]。


図9. ピン・ポテンシャルを通過するときの磁束の速度。ピンに落ち込むときとピンから飛び出すときに不安定となり、大きな損失をもたらす。

(3) コヒーレント・ポテンシャル近似理論の提案

 要素的ピン力の閾値に関する大きな問題点を含むLabuschの統計理論は本来、Labuschパラメーターを平均場として用いた平均場理論であるはずのものがコンシステントとなってはおらず、さらにLarkinとOvchinnikovによって指摘されたように磁束系にない長距離秩序を仮定したものとなっている。これらを考慮し、ランダム系の平均場近似理論であるコヒーレント・ポテンシャル近似理論を提案した[17]。これにより導かれる要素的ピン力の閾値は要素的ピン力の関数となり、かならず、要素的ピン力よりも小さくなることが示された。したがって、どのようなピンでも有限のピン力をもたらし、それによる損失はヒステリシス損失となる。また、この手法はそのまま動的理論にも拡張することができ、ピンニングの統一理論が完成した[18]。

 この理論では、ピンが弱い場合、ピン力密度が要素的ピン力の2乗に比例する統計和となり、ピンが強い場合、ピン力密度が要素的ピン力に比例する線形和となって、実験結果に一致することが示された。図10はピンが強い場合の実験との比較を示す。


図10. 常伝導析出物をピンにもつNb-Taのピン力密度とピンニング・パラメーターの関係[19]。fpNpはピンの要素的ピン力と数密度で、直線はコヒーレント・ポテンシャル近似理論の予測。

 また、この理論を用いて磁束線に平行な円柱状欠陥によるピンニング特性を求めた。一般に、欠陥のサイズが大きく、数密度が高いほど臨界電流が高くなるという結果が得られ、実験結果を説明している。また定量的な一致も得られた(磁束ピンニング機構の項参照)。

(4) 臨界状態理論

 磁束ピンニングがある場合の超伝導体における電流の流れ方はLorentz力とピン力の釣り合いを仮定する臨界状態モデルで与えられることが知られている。しかしながら、これは現象論的モデルでしかなく、最初に提案されてからこれまで50年その理論的根拠が証明されてこなかった。

 そこで、簡単のためにG-Lパラメーターκが大きい超伝導体について凝縮エネルギーを無視し、磁界のエネルギーとピンニングエネルギーのみを考慮した自由エネルギーを最小とする変分原理から、臨界状態モデルと同じ力の釣り合いの式を導いた。この場合、孤立系を取り扱う必要から、外部から電流を与えるような場合は取り扱えず、現実的でない。そのため、これを外部からエネルギーが加わった一般の場合に拡張し、Poyntingベクトルから、同じ型の力の釣り合いが保てることを示し、ついで、加算理論の助けを借りて、ピンニングが可逆な状態から不可逆な状態へ連続的に移ることを明らかにし、最終的に不可逆な臨界状態モデルを証明した。これによって、従来、現象論的モデルとして広く知られている臨界状態モデルが臨界状態理論へと格上げされた[20, 21]。

 ここで特筆すべきことは、多体間のピンニング相互作用を取り上げ、モデルとしてではなく理論的にエネルギーのレベルで不可逆性を導いたことであり、直接、エネルギー散逸の機構を示したものではないが、少なくともエネルギー散逸がなければ熱力学第一法則に矛盾することを明らかにしたことである。この点は同様な磁性体の磁化の不可逆性、摩擦などの分野に共通するものであるが、その中で一歩、先を進んでいることを示したものといえよう[20, 21]。